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さいたまきんこんの会に行ってきました。

久しぶりに慌ただしい一週間を過ごしていました。
たけちゃんは1週間のうち3日も外出できました。
どこに行っても、たけちゃんのことを心から心配して下さっている方がいて、
「また会えて嬉しい」「おかえり」「だいじょうぶ。応援している」…と、
暖かい言葉をたくさんかけてもらいました。
地域のたくさんの方に愛されて支えられているたけちゃん、
本当にありがたく、幸せだな…と思います。

ご報告したいことはたくさんありますが、昨日は久しぶりに「さいたまきんこんの会」に参加して、大好きな仲間と素晴らしい時間を共有し、
たけちゃんの思いも皆さんにお伝えすることができました。

文字起こし、頑張ってみたので、少し長いですが、読んでいただければ光栄です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は今日はいろんな話がしたくて来たのですが、
ここのところ僕もいろいろなことがあって、
皆さんに報告しにくいこととしやすいことあるのですが、
報告しにくい事は、残念ながら学校がなかなか受け入れてくれなくなったことです。
地域の学校に絶対通えたのに、ドクターヘリに搬送されるという、ちょっとしたミスをおかしたので、
それで学校が怯えてしまって、僕を地域の学校では受け入れられるかどうかと大騒ぎになってしまって、
今のところ自宅待機になってしまいましたが、
自分としてはやっぱり地域の学校に行ける子が行かないと、他の子が行けるようにはならないので
、もう少し頑張ってみるつもりです。
もうのどのところまで訪問学級に変わろうという言葉が出ているのですが、
いったん変わったらもうそれは負けみたいなものなので、もう少しだけ頑張ってみますが、
本当にこれはもうだめだと思ったら、次の仲間に託したいと思います。
さっき(柴田)先生は藤沢のほうで、
双子の兄弟で重度のお子さんが地域の学校に通っているのを、応援しているみたいなことを言ったから、
他にも頑張っている人、いると思うので、僕ももしこの頑張りが途中で続かなくなったら、
またみんなと同じように特別支援学校で頑張ればいいと思うので、それを悲嘆するわけではないけれど、
頑張れる人が頑張らないと、次の子が出てこれないので、
今自分の周りでは、そういう状況が整えられているので、頑張ろうと思います。   

それはちょっと報告しづらいことですが、報告したくてしかたがなかったことは、
やはり僕は本当に仲間の存在を体で感じたということです。
この場合の仲間は、障害のない地域の学校の仲間ですが、
僕は呼吸が止まるくらいの大変な目に何度かあっているので、本当に大変な状態には慣れているのですが、
今回ほど怖かったことはなかったのは、何が怖かったかというと、
「あの仲間達にもう会えなくなるのか」という恐怖がものすごく自分を襲って、本当に会いたくて、
前は「このままここで終わるならそれはそれでひとつの人生だし、
ぼくは幸せだったから、それはそれでもいいかもしれない」とか、
そういうちょっとかっこいいことを頭で思い浮かべていたのですが、
今は生きたくてしかたがないという感じがしたのは、やはりあの仲間達に会いたいと思ったからです。

それから仲間達に会えたわけではなかったのですが、
みんなが僕のことを心配しているという話しを聞いた時に、
僕にも仲間がいるんだと思った瞬間、仲間の顔がどんどん体中に感じられるようになって、
今、「顔が浮かんだ」と言いかけて、顔が浮かんだだけではなかったと思ったので言いなおしたのですが、
だれだれの顔がはっきり浮かんだけれど、だれだれちゃんが握ってくれたあの手とかいうのを思い出したので、
やっぱり僕たちは仲間同士でこう集まる時間を大切にしなくてはいけないけれど、
もっともっと地域に出ていって、たくさんの子ども達と体験し合う中で、
仲間関係を作っていく道があると思いました。

僕は今、僕の中に宿った仲間の話しをしましたが、きっとそれは仲間達にもあるはずで、
僕が驚いたのは学校の先生たちは怯えてしまって、何も言いだせなくなっていますが、
友達はみんな「いつになったらたけちゃん学校にくるの?」と、あんなに一生懸命言ってくれることです。
それは少し自分のことは言いにくい事ですが、
「僕の存在はちゃんとみんなの心の中に宿った」ということを意味しているので、
そういう人間関係が作れたことを、とても今は嬉しく思っています。
もちろん仲間の中には障害のある仲間達がいるので、
そういう仲間達が心の中に宿りあっているのは当たり前だけど、
ぜひ僕たちの存在を友達の中にも宿らせた方が良いなと思ったのです。
それをやれば、世の中こんなに殺漠とした話しにならないのではないでしょうか。

僕は先ほどのK特別支援学校のお友達が、「わんぱく坊主には癒される」と言ったのがとても印象的でしたが、
本当に僕が学校にいて驚くのは、誰もいじめということを口にできなくなったのです。
なぜなら、僕みたいな本当に弱者というか、僕は別に自分を弱いと思ってはいませんが、
いわゆる本当の弱者がいると、下手にはからかえなくなるのが人間の心理らしくて、
本当に僕のことをばかにすることができるほど悪い子はいないので、
中途半端ないじめはしにくなっているのはよくわかりますから、
やっぱり僕達が地域の学校にどんどん出ていくべきなのではないかと思うのですが、

ちょっと話しがすれ違っているので元に戻すと、
やはり僕たちの存在を世の中の人たちの心の中に宿らせてあげないと、
世の中がおかしくなってくるのではないかということです。
初めて来たお子さんが出生前診断のことを話していましたが、
僕たちの会ではそのことはこの1年以上、ずっと話してきたことで、
そのことについては柴田先生もあちこちで文章にしていますから、
やはりそのことはとても大きな問題で、世の中がとんでもない方向に今動き始めているので、
僕たちは止める力はないけれど、そのことは言い続けていかないといけないと思うし、
僕が驚いたのは、僕は自分に重ね合わせてもさっきのような言葉は出てこなかったのですが、
もし10年前に生まれていた、ではなくて、
「10年あとに生まれていたら、自分は生まれてこれなかっただろう」という説明を聞いた時に、
僕よりも小さな子どもたちまで、そんな思いまで追い込まれているのかということでした。
僕は生まれてきてよかったし、母も生んで良かったと思っているけれど、
そう思わない人たちもいるのだなと思っていたけれど、今の話しを聞いた時に、もっと小さい子どもたちが
「もう少し後で生まれていたら、自分は生まれてくることができなかっただろうが」
という思いになっていることは、本当に悲しい世の中だし、
それは10歳ちょっとの僕から見て言えることだから、
たった10年で世の中がこんなに変わったということになりますから、
世の中が本当に悪い方向へ走りだしていることは間違いありません。
今日は僕達当事者の意見だけなので当事者はそう思っているというだけだけれど、
母達の気持ちを聞いてみたらたぶん、昔にくらべると
障害があると産むのが怖いという人が増えたのではないでしょうか。
お母さん方の中に、障害があるから本当に生みたくないと言う人は一握りではないかというのが僕の思いで、
僕は障害のある子どもたちの母親を見るたびに、
お母さんはやっぱり子どもをかわいがっているのは間違いないのに
「世の中がそんな子は生まれてこないほうがいい」と連呼すれば、
みんな本当に障害があって生まれてきた子は幸せになれないし、
「私の産みたいというエゴで生んでしまってはこの子に悪い」ぐらいの考えは、
母親達の中に生まれている恐れがあるので、
やはりこのことは早く直していかないと、とんでもないことになっていると思いますが、
今日はこの話については新しい事が特にあったわけではないので、
僕もいつもと同じ考えしか頭に浮かばなかったけれど、
今日初めて来た小さな子どもの話しを聞いて、僕は時代の流れを感じてしまって、
本当に怖い事が起こっているなと心配しました。

それくらい今、世の中が変な方向にずれているので、
ぜひ障害のない子どもたちの中に障害児をしっかり宿らせて、その子たちが大人になった時は、
「やっぱり僕たちの学校には障害のある子たちがいて、その子と暮らして良かった」というふうな思いを、
たくさんの子どもにしてもらわなければいけないので、
いろんな条件があって、今日もYくんが来ていると思うから、
Yくんからはまた違った方向の意見を聞きたいのですが、
今の状態の中でも行ける人間は行って、
支援学校しか残されていない人は支援学校の中で、また果たすべき役割を果たすことになると思うけれど、
この難しい事を今きちんとみんなで考えておかないと、世の中はどんどんおかしくなるので、
ぜひ地域の学校に行ける条件にある人は、頑張って地域から世の中を変えていかないといけないなと思いました。

今なぜこのことを必死で語るかというと、今自分がそれができる状況にあるかないかの分かれ目にあるので、
状況があるうちに今言っておかないと、次に会った時にはもしかしたら僕はもう、
支援学校にしか行けない子どもになっているかもしれないから、
今その条件にある数少ない人間として言っておかないと誰も言う人がいなくなるからです。

けして支援学校に行く人たちをばかにしている気持ちはみじんもないし、
支援学校に行くことにマイナスばかり感じているわけではないけれど、
やはり地域の学校に行かないと世の中が変わらないというひとつだけは大事にしていかなければいけないことなので、
ぜひ頑張って、地域を変えていきたいと思っています。
今日もちょっとえらそうなことを言って申し訳なかったけれど、
そういうふうに仲間とこういうことをきちんと考え合いながら、もっともっと大事なことを確認していきたいし、
さっき司会者のSくんが言ったけれど、新しい人ははっきりと一番大事なことから話してくるので、
すごい意見を改めて聞かせて頂いたし、やっぱりみんな一人で、一人ではないと思うけれど、
一人で言葉を紡いでいたわけだから、その中で同じことを考えていたのだなとわかって、とても感動したし、
みんなでこういうことをもっともっと深めていきたいので、
機会がある限りぜひぜひ来ていただいて、もっともっと深い話ができたらと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たけちゃんは今度の4月1日でやっと9歳になるのですが(^_^;)、
でも、こんな強い深い思いで地域の学校にいるのです。
親がぶれている場合ではないですね。
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旅立ちの日に

明日、たけちゃんの大切な仲間の6年生が卒業式を迎えます。
1人1人に書いたメッセージカードは、今朝お姉ちゃんに持って行ってもらいました。

ブログを読んでくださった同じ学校のお母さん達からも連絡をいただきました。
卒業式前のセレモニーに参加する低学年のMちゃんは、
たけちゃんのぶんも大きな声で歌って、お別れしてきてくれるそうです。
卒業式に出席する高学年のSくんは、たけちゃんにかわって、
しっかり6年生を送りだしてくると言ってくれました。

たけちゃんのぶんまで、たけちゃんのかわりに、たけちゃんと一緒に…
子供たちの優しさに、胸が熱くなります。

まだ入学する前の学校公開日の日に、3年生だった彼女たちに出逢いました。
「たけちゃんがこの学校に入学したら、どうぞ仲良くしてあげてね。」とお願いしたのですが、
いつもいつもたけちゃんのそばで、少し離れて…、
あれからずっと、たけちゃんのことを守ってくれました。
素晴らしい関係性を築いてくれた、卒業生の皆さんに、ただただありがとうの気持ちでいっぱいです。


明日は自立支援協議会の全体会があって、私達親子も参加させていただきます。
年に2回しか開かれないこの会議ですが、
このタイミングであることも、とてもありがたいことですが、
同じ当事者委員のTちゃんが、様々な方にコンタクトをとってくださって、
今回たけちゃんが地域の学校に戻れなくなっていることを、
当事者として発言させていただけることになりました。

ありがとう、Tちゃん。
たけちゃんと一緒に、学校の現状を一生懸命お話しさせていただくよ。

「…ということで、明日はたけちゃん、一緒に頑張るよ」と声をかけると、

「うそみたいな よるのくらやみに
あさの ひかりが さしこむ
ぼくは ぼうかんしゃとしてではなく
このいのちを しゅたいてきに いきぬいてみせる」

と指談で伝えてくれたたけちゃん。


そうだね、たけちゃん、
誰のものでもない、たけちゃんの人生、たけちゃんの命、
誰かに決められるものではないはず。



たけちゃんにとって、明日もきっと大切な日。
同じクラスのSくんのお母さんにお願いしました。
「明日ちょっと頑張りたいから、もし良かったら、
Sちゃんの声、たけちゃんに聞かせてくれる?」

すると、すぐにS君が電話をかけてきてくれました。
「Sだよ。」元気そうな弾んだ声で、
電話越しに、いろいろ話しかけてくれました。

ずっと聞きたかった、大好きなクラスメイトの声。
もしかしたら、たけちゃん、泣いちゃうかな?…と少し不安になったけど、
母の作戦は大成功、電話をきると、

「やっぱり なかまって いいね
こえをきいただけで こんなに ゆうきがわいてくる」と
まっすぐ前を見つめる、強いたけちゃんのまなざしがありました♪

明日もその先に続く未来も、大好きな人に支えられて、
きっときっと、良い風になりそうです。

たけちゃんの髪を切ってスッキリ♪

今日はたけちゃんの髪を切りました。
寒い間はさすがに気を使って、はさみでチョキチョキ切りますが、
だいぶ暖かくなったので、バリカンで丸坊主です。
たけちゃんの頭がすっきり。私の心もすっきり。


…って、息子の頭をバリカンで刈ってすっきりしたという、Sっ気のある母の話しではありません(^_^;)

たけちゃんの髪を切るのって、寝たままの状態で右向き、上向き、左向き…って、
体の向きを変えながら切るので、1時間くらいかかるし、
途中吸引もあるから、切った髪が入らないようにしたりとか、ちょっと大変なんです。
後頭部とかえりあしなんかは本当に切りづらいし、体勢もきつくて腰も痛くなる(>_<)

ここのところの端座位の練習では、頭の固定がかなりしっかりしてきたたけちゃん、
残念ながら、完全に支えなしで座るということはまだ難しいのですが、
もしかしたら、バリカンなら座った状態でもできるかもしれないと思いました。

ベッドサイドに座らせて、後ろから左手をまわしてたけちゃんの体を支えると、
わずかな支えだけで、もうしっかりと座ってくれるたけちゃん、
右手でバリカンを持って、いつもよりもスムーズに刈り進めることができます。
今回は、えりあしも後頭部も良い感じです♪
わあ、すごい!! たけちゃん、座って髪を切ることが出来ました。


生まれつきの障害や心停止後の後遺症で、
どうしても身体的なハンディも少なくないたけちゃん、
リハビリなど、自分の体と向き合わなければいけないことは、本当は苦痛で苦手なのです。
でも、毎日の積み重ねで、少しずつでもわずかな支えで座れるようになったことで、
きっと探そうと思ったら、生活の中のたくさんの場面で、新たにできることが増えていると気付けて、
それはたけちゃんの自信につながっていくだろうな…と思いました。

もしも座れないことが0で、一人で座れることを1と考えたとしたら、
1までの過程の小さな変化を喜べなかったり、そこから生活の中に広がるたくさんのことを
見過ごしてしまうかもしれません。

同じように、学校にいけなくなってしまったことが0(というか、マイナス?)で、
再び学校に行けるようになることを1と考えたとしても、
やっぱりいろんなことを見過ごして、ただただ苦しい思いを抱え続けるのではないかと思いました。

先日、たけちゃんが学校に戻れなくて辛い思いを発信させていただきましたが、
本当にたくさんの方が一日も早く学校に戻れるようにと応援してくださって、
署名活動とか、できることがあったら協力するからねと言ってくださいました。
学校の中にも外にも、私達親子を心から応援して下さる方がたくさんいると気がついた時、
「ああ、もう、良い風に向かって動き始めているんだ」ということにも気がつけたのでした。


たけちゃんの髪を切りながら、
どんな小さな変化もキャッチできる自分でいたいな…と思いました。
そして、生活の中や人との関わりの中に小さな変化の種をしっかりまいて、
たけちゃんのたくさんの勇気に、喜びにつなげていきたいな…と、
そんなことを思っていたら、いつの間にかなんだか気持ちがすっきりしている自分がいたのでした。
チャンチャン♪

っていうお話しです。
(ほらね、Sっ気のある母の話じゃないでしょ(^_^;)?)

ちなみに、髪を切り終わった後、様子を見ていたお姉ちゃんはいつものように
「たけちゃん、すごーい!!」と喜んでくれたけど、
ニコニコしていたはずのたけちゃんが、鏡を見た後、なぜかへの字口だったので、
たけちゃんの写真とコメントは、控えさせていただきます(>_<)

ごめんね

今日、卒園式だったところも多かったようですが、
我が家のお姉ちゃんもちょうど5年前の今日、卒園式でした。
娘の門出の良き日に、とても複雑な気持ちでいたことを覚えています。

前日の3月18日は、たけちゃんが初めて心停止を起こした日でした。
心臓が動くということさえも当たり前ではないことを痛感した日でもありました。

「どうして神様は、たけちゃんばかりにこんなに辛い試練を与えるんだろう…」
特定の信仰をもっているわけでもなく、見えないその存在を恨んだりしました。

「たけちゃん、大変だったからね、お薬を入れて、今は体をしっかり休ませてあげましょうね。
たけちゃんはこちらでお守りしますから、お姉ちゃんの卒園式、行ってきてあげて。」
病棟の看護師さんの言葉に送り出されて幼稚園に向かいましたが、
目の前の子供たちが当たり前のように呼吸をして、当たり前のように返事をして、
当たり前のように歩いて…、
目の前の全ての光景が不思議に思えてなりませんでした。

それからの5年間、心身ともにたくさんの試練がありました。
きっとたけちゃんだからこそ乗り越えられたことばかりだな…と、我が子のことを心から誇りに思う日々です。


今日は教育委員会の先生との話し合いがありました。
たけちゃんが学校に戻るための、大切な話し合いです。
学校帰りのお姉ちゃんにたけちゃんのことを託して、教育センターに伺いました。

子供たちのいないところで、子供たちとかけはなれたところで、
子供たちのことが決まっていく、
そしてどんな理不尽なことであっても、決まってしまったことはくつがえらない、
そこに親子の尊厳はないと言っても過言ではないと思います。

でも、これからのことは変えられるかもしれない。
たけちゃんだからこそ乗り越えられる試練があるように、
私だからこそできることがあるとすれば、それはきっと、たけちゃんの周りの方に、たけちゃんの「ことば」をお伝えすることだと思います。
これまでに柴田先生が通訳してくださった言葉や指談で伝えてくれた言葉をありのまま、今日はたくさんお伝えすることができました。友達への思い、学校への思い、勉強への思い、教育への思い、親への思い…、たけちゃんの言葉はどれも本当のこと、きっときっと届くと信じて…


帰宅するとすぐにお姉ちゃんが質問してきました。
「たけ、学校戻れる? 卒業式間に合う?」
「ううん、まだしばらくは行けない」
「どうして? たけ、こんなに元気なのに」
「いろいろな専門の先生が集まる会議が6月にあるんだって。
そこで話し合いをするまでは、学校行っちゃだめだって…」

お姉ちゃんの目から涙がぽろぽろあふれました。
「そんなのおかしいよ!! たけのこと知りもしないで。会いにも来ないで。
だめだよ。たけ、学校行くよ。6年生にお別れ言わなきゃ。」

子供にとって、学校の先生の言葉は全てが正しいものだと思います。
なのに、お姉ちゃんが「おかしいよ!! だめだよ!!」と泣いて抗議することに、私は少しびっくりしました。

「ひなはどうして、たけちゃんが学校に戻ることに一生懸命になれるの?」と聞いてみました。
「だって、いっぱいいるんだもん。6年生も5年生も、ううん、みんなが、たけちゃんが学校に戻ってくるの待ってるんだもん!!」
お姉ちゃんも私も、溢れる涙を止めることができませんでした。



たけちゃんを胸に抱いて、改めて今話してきたことを伝えました。
「たけちゃん、ごめんね。6年生とお別れさせてあげられなくなっちゃった。」と言うと、

「しんじるしかないよ
まてといわれたら ぼくたちは まつしかない
じゆうになったと おもえばいいよ
いきたいところへ いこう」
そう答えてくれましたが、目は真っ赤で、今にも涙がこぼれおちそうでした。

「直接はお別れできないけどさ、卒業する(支援学級の)4人に、メッセージカード書いて、渡してもらおうか?」と提案して、ことばを書きました。


「いつも たいせつなこと おしえてくれた。
ありがとう


さいしょに てをにぎってくれたよね 
ありがとう


こころがとてもきれいで うらやましかった
ありがとう


いつも ぼくのことをまもってくれた 
ありがとう」


たけちゃんに、お姉ちゃんに、待ってくれている学校の子供達に、
申し訳ない気持ちと、
自分自身への情けない気持ちとで、
しばらくはこの胸のズキズキする痛みが続きそうです。

また ひとつ

暖かな一日でした。

ここ数日、家で過ごしていて、そんなにハードなリハビリをしているわけでもないのに、たけちゃんが日中、すぐに目を閉じてしまうな…、疲れやすいのかな?…と、そんなふうに感じることがたびたびありました。
毎日通学していた頃と違って、生活リズムも一定とはいえません。
体調を崩している感じはないけど…

暖かな今日は月1回の定期受診も兼ねて外出しました。
こんな日は、おもいっきり外の空気を吸ってほしい、寝ちゃっても良いし…
そう思って、診察までクリニックの周りを、たけちゃんとお散歩することにしました。

「前回来た時は、まだ雪だらけだったけど、もう、すっかり溶けちゃったね。
たけちゃん、梅の木、つぼみがふくらんで、もうすぐ咲くね」

しっかりと目を開けて、体いっぱい、外からの恵みを受け取っているようなたけちゃん。
やっぱりたけちゃんは、家の中より外のほうがよく似合います。

帰宅後は疲れてぐっすりだろうな…と思っていたのに、お昼寝はわずか数分足らずでした。
外出した日のほうがメリハリがしっかりしているたけちゃん、
「ああ、やっぱりな…」と、妙に納得してしまうのでした。


端座位の時、首を支えなくてもキープできるようになったのは、まだこの1週間ほどです。
それまでは両手で首と体幹をしっかり支えていたのです。
生まれつき筋肉が少なくて、その後もあまり筋肉が増えていかなかったたけちゃん、
「たぶん、首がすわることはないと思いますよ。」そう言われてきました。
なので支える手に頭の重さをまったく感じなくなっても、首から手を離すことは、正直不安でもあり怖くもありました。

首を支えないでいる時間、たけちゃんが上手に重力をとらえて、一生懸命自分で頭を固定しているのを感じました。
キープできる時間も15分、20分と、すぐに長くなりました。
そして体幹を支えている力さえも、本当にわずかな力ですんでいることに気付きました。

「たけちゃん、一人で座ることができるかもしれない」ふと感じたのは昨日でした。
本当のことを言うと、その日が来るとしても、それはずっと後のことだと思っていたのです。
なので、昨日はたけちゃんを支える手を胸からはなすことはできませんでした。

呼吸器をはずして、ベッドサイドに座ってからかれこれ30分、
今日はいつもより表情がはっきりしていて、疲れている様子もありません。
呼吸もしっかりしているし、首を支えなくても、頭も安定しています。

「たけちゃん、自分の力だけで座ってみようか?」
たけちゃんの集中している様子に、私の恐怖心もすっと消えていきました。
普段、自分のやりたいことに熱中しているお姉ちゃんも、何かを感じたのか、めずらしくたけちゃんのそばで様子を見守っています。

ふと、映画『僕のうしろに道はできる』のワンシーンが頭をよぎりました。
「端座位できる?」
紙屋先生に声をかけられて、あのお兄ちゃんはカウント20まで、座っていることができたんだっけ…

支えている指をたけちゃんの体から1本ずつはなして、

「1.2.3.4・・・・・・」

呼吸に合わせて体が前後に小さくゆれていますが、バランスを崩すことなく、なんと初めてまったく支えなしで1分間、自力で座ることができたのでした。

「きゃー!!たけちゃん、すごいよ!! 
支えなしで、1分間、座っちゃったよ~~~!!」
私がぎゅーっと抱きしめると、
固唾をのんで様子をじっと見守っていたお姉ちゃんも、たけちゃんの両手を持って、
「たけ、えらいね~!! すごいよ~!!」と自分のことのように喜びました。


「たけちゃん、今、どんな気持ち?」と聞くと、


「やったー! また ひとつ ぼくにできることがふえた」と答えてくれました。
その表情はなんだか誇らしげに見えました。


進んだと思ったらまた後退、1つの問題が解決したかと思ったら別の問題が出てきたり、
時には進むこともさがることも許されない、がんじがらめの時もあるけれど、
こんなふうに何歩も何歩も前進して、かっこいいところを見せてくれるたけちゃん、
その姿を一番に見ることが出来て、本当に私は幸せ者だと思います。


ありがとう、たけちゃん。
ゆっくりでもいい、また、たけちゃんのできること、ひとつひとつ増やしていこうね。
一緒に、お手伝いさせてね。

もうすぐ さくら さく

昨日の3月9日は、私の誕生日でした。

昨年の誕生日は、ドキュメンタリー映画『僕のうしろに道はできる』東京初上映イベントがあり、
ボランティアスタッフとして参加させていただいた私は当日、
ハートオブミラクルの皆さんやCO906.さん、会場の全てのスタッフさんや参加者さんに、
サプライズでお誕生日をお祝いしていただきました。

あれから、私達家族は本当にたくさんの素晴らしい出会いに恵まれたり、
たけちゃんの体調に大きな変化があったりして、
あっという間だったけど、充実した1年を過ごすことができました。


一昨日、誰よりも早くかっこちゃんが「おめでとうメール」をくださいました。
それだけで充分幸せなのに、
「あやちゃんのお誕生日はThank Youの日。なんてあやちゃんらしい日でしょう。」
と言ってくださいました。

私達親子はいつも助けていただいて、支えていただくばっかりで、
人よりもしかしたら「ありがとう」と言う機会をたくさんいただいているのかもしれません。

たけちゃんが生まれる前の私は、もしかしたら「ありがとう」ではなく、「すみません」とばかり言っていたような気がします。
例えばお店のエレベーターで荷物をいっぱい持っていて、どなたかが私がエレベーターを降りるまでボタンを押し続けて待ってくださった時、私はそのかたに「すみません」と声をかけていました。
たけちゃんとの在宅生活がはじまって、大きな荷物がたけちゃんのバギーに変わった時、同じシチュエーションで「すみません」と声をかけることに、私は大きなためらいを感じました。
「私が『すみません』と言うことで、たけちゃんは引け目を感じたりしないだろうか?」
ふと、そんな思いがよぎったのです。

それからは、できるだけ感謝の気持ちを伝える時は「すみません」ではなく「ありがとう」と言うように心がけるようになりました。「ありがとう」と言えば自然と笑顔になれるし、うつむきながら「すみません」と通り過ぎていた時と違って、相手の方のお顔を見て、お礼が言えるようになった気がします。

たけちゃんに気付かせてもらった大切なことの1つ、
だから、かっこちゃんに「あやちゃんらしい日」と言ってもらえて本当に嬉しかったのでした。


昨日は本当にたくさんの方にメールやメッセージをいただき、感謝のあふれる一日を過ごすことが出来ました。
大好きな皆さん、本当にありがとうございます。


さて、先日たけちゃんが言っていた「新しく始めたいこと」
まるで、私への誕生日プレゼントのように、昨日教えてくれました。

「ちからを しんじて まえにすすめるように
こえを はりあげてうたえる うたの さくしをしたい」

Waooooo!!
たけちゃんの、この前向きな感じが、私大好きなんです。
「うん、うん、わあっ、それ、すごく良いね\(^o^)/」って、
おもわず小躍りしちゃうのでした(#^.^#)


昨日のfacebookで、ずっと「さいたまきんこんの会」を主催してくださっているあゆみさんから、
「たけちゃん、今月は会えるかな?」とメッセージをいただきました。
「学校のことを一番に考えたい」と言っていたたけちゃんですが、
ここのところの気持ちの変化もあったので、たけちゃんに確認してみました。

「29日にさいたまきんこんの会、あるって。
たけちゃん、どうしたい?」

すると、たけちゃん、すぐに返事をくれました。

「たいせつな なかまに あえる
いちばん しんぱいしてくれた なかま
ぼくには たいせつなひとが たくさんいる
たいせつなばしょが たくさんある
やっと きづいた

もうすぐ さくらが さくね」



そうだよ、たけちゃん。
たけちゃんを待ってくれている人が たくさんいるよ。
たけちゃんが戻れる場所を、守ってくれている人がいるよ。
たけちゃんは、会いたい人に会いに、行きたいところに行けばいい。
みんなが、そう、思ってくれているよ!!

皆さんが笑顔でありますように

1カ月以上ぶりでパソコンを開きました。
facebookにもアクセスしていなくて、ブログの更新も、また久しぶりになってしまいました。
その間、たくさんの方がコメントしてくださったり、メッセージをくださったり、
携帯へのメールや、たけちゃんへのプレゼントもたくさんいただきました。
しばらくの間、お返事もできず、すみませんでした。


1月の末に、國學院大學の柴田先生から突然お電話をいただき、家に訪問してくださることになりました。
(たけちゃんのためだけに来ていただけるなんて、本当にありがたかったです。)
たけちゃんはまず、「昨年の11月23日の講演会で柴田先生と再会するはずだったのに、
こんなふうになってしまってすみません。」と言いました。
それから、倒れる前から、倒れた後も、『伝える』というお役割に対して、
自分が誰に何を期待され、どんなふうにお伝えすればいいのか…ということを
ずっと悩んでいたと打ち明けました。
柴田先生は、「やっぱり地域の学校に行きたくても行けなかった先輩達が、
今、たけちゃんが普通に地域の学校に通っているということに期待しているよ。」とおっしゃってくださいました。
たけちゃんは相変わらず遠慮なしに、柴田先生にいろいろ質問をぶつけていましたが、
1対1で柴田先生と会話するなかで、
「とにかく毎日の日常をしっかり過ごすことの大切さ」に気付いていったようで、
「学校のことを一番に考えたい。学校のみんなに手紙が書きたい。」と言ったのです。
柴田先生に通訳をお願いし、私に書きとるようにと言いました。


○○しょうの みなさんへ
よいいのりを ぼくにとどけてくださって ありがとうございました。
ぼくはほんとうに こころから うれしかったです。
ぼくは まさか こきゅうがとまったなんてしらずに めざめたのですが
あとで はなしをきいて ほんとうに こわくなりました。
ゆうきがたりないのか ぼくはからだじゅうから ひやあせがながれだして
ふるえがとまりませんでした。
ふるえのなかで ようやく ふくよかな ははのかおがみえたとき
ほんとうに いきかえったのだと じっかんできました。
そのあと すぐにうかんだのは みんなのかおでした。
みんなはどうしているかな とおもったら みんなに あいたくなりました。
みんなのかおがうかんだとき なみだがひとつぶ ながれました。
みんなのかおから えがおがきえて ぼくをしんぱいしているように みえました。
みんなのかおに どうやったら えがおがもどるのかと おもっていたら
みんなの がんばれ というこえが きこえてきました。
みんなのこえをきいていたら からだじゅうから ゆうきがわいてきました。
ゆうきをだせば げんきになれると こころからおもったので
ぼくは まいにち みんなのかおを おもいだしては ゆうきをもらってきました。
すると まいにちすこしずつ みんなのかおが えがおになっていきました。
ぼくは こきゅうがとまったのは はじめてではありません。
でも こんなふうに ともだちから ゆうきをもらったのは はじめてです。
やはり ともだちは かけがえのないものだと つくずく おもいます。
まだ ほんとうにふあんはあるから いえでゆっくりしていますが 
はやく みんなのわらいごえがききたいです。


その時はもう、たけちゃんの体調は安定してきていて、
毎日ではなくても、数時間でも、学校に戻れる段階だと判断していました。
それですでに、登校したい旨をお伝えしていましたが、
時期的な問題もあるとのことで答えはNOでした。

たけちゃんがどんなに体調が回復したとしても、
学校に戻ることは容易ではないとわかっていたので、
「学校に行けるようになるまで、大好きな人に会いに行ったり、あちこち出掛けて、
刺激をいっぱいもらってこよう。」と話していて、
2日後に控えていたかっこちゃんのイベントにも、体調が良ければ参加する予定でした。
でもこの時
「それは学校のことを一番に考えていないことになる。
元気になったことも 一番に学校の友達に見せたいから、
学校に行けるようになるまでお出かけもしないよ。
(かっこちゃんのイベントは)お母さんが行って、手紙をわたしてきて。」と言いました。

私の思いとは違うので、その後親子喧嘩らしいことも初めてしました。
「たけちゃんがそう思うなら、そうするよ。でも、お母さんはそうは思わないからね。
たけちゃんがどんなに学校のみんなを大切に思っていても、
その気持ちをくんでもらえるほど、世の中は甘くないかもしれないよ。
お母さんはいつだってたけちゃんの思いを尊重するよ。
でも、どこかに属したら、自分の思いだけじゃ通らない」
感情的になりかけていましたが、たけちゃんの指先から「きまずい」という言葉が紡ぎだされると、
おかしくておもわず吹き出しそうになりました。

「でも かっこちゃんにあうなら かっこちゃんひとりじゃすまなくなる。
あって あんしんさせたいひとは どんどんでてくるし
そしたら やっぱり がっこうのともだちは いちばんにかんがえてないことになる」

「だからって、ずっと家でお母さんと二人だったら、刺激が足りないでしょ?」

「でも でかけるのは おかあさんがたいへんだから」そう言って、ニコッと笑って見せるのでした。


たけちゃんとの話は平行線のままでいた折、
プロバイダーさんとの契約の手違い(というより、私の勘違い)でWi-Fiが利用できなくなってしまい、
iPadからfacebookへのアクセスができなくなってしまいました。
もちろん再契約すればすむ話だったのですが、私、ふと思ったのです。
「たけちゃんはいつも、そこにいることで、その存在で、いろんなことを伝えてきた。
でも、学校に行けなくなって、こんなふうに突然、
お友達が元気に過ごしているかと知ることも、自分が元気になってきたと伝えることもできずに、
学校の友達と関わる手段を絶たれてしまったんだな…」って。
そんな中にあるのに、それでも「学校のことを一番に考えたい」と言ったたけちゃんの
意志の強さが、少しだけわかった気がしたのです。

いつみんなと再会しても、親子で「がんばっていた」と胸を張れるように、
今できること、今しかできないことをしっかりやっていこうと思いました。
普段学校では自立活動の時間が少なく、体をゆっくりほぐす時間が不十分でしたが、
今は時間があればたけちゃんの背中に手を当てています。

端座位では頭の支えなしで、10分間保持できるようになりました。
座位保持椅子では3時間近く座ることができ、座位での経口摂取の練習も開始しました。

体の機能に関しては倒れる前とほとんど変わらないくらいに回復してきましたが、
表情は大きな変化はなくて、「やっぱり刺激がたりないよー」と時々叫んでしまいますが、
そんな時に限って、いつも以上にニヤーっと笑顔を見せてくれる、あいかわらず男前なたけちゃんです。

それから、たけちゃんが注入中や寝ている間、私はよく折りバラを折っています。
「一日も早く、たけちゃんが学校に戻れますように」そんな願いももちろんこめますが、
大好きな人のことを思い、どうか笑顔でありますように…そう祈りながら折っていると、
デジタルの世界では繋がっていなくても、
大切な皆さんと、確かに繋がっているという実感がわきました。

2005_0101_000000-DSCN1738.jpg

たけちゃんの手元に光っている青いバラは、たけちゃんと1時間以上かけて折りました。
大切な宮ぷーさんが、気管や肺からの出血が続いているとのこと。
たけちゃんも、ごくたまに、気管から少量出血することがあります。
吸引チューブにスーッと筋がついているだけでドキドキして、吸引が怖くなります。
吸引びんが真っ赤なほどの出血が続き、宮ぷーさんもかっこちゃんも、チーム宮ぷーの皆さんも、
どんなに不安で怖い気持ちでいるでしょうか?
「どうか宮ぷーさんの出血が止まりますように。かっこちゃんが笑顔でいられますように。
すべて良い風になりますように…」心から祈って、一生懸命折らせていただきました。



昨日、お友達に教えていただいて、近隣に住む6年生の男の子が、
たけちゃんと同じ主治医の先生に書いた手紙を女優さんが読むという番組をたけちゃんと一緒に見ました。

お手紙には主治医の先生への感謝の気持ちの他に、
卒業式でピアノの伴奏をするので頑張りたいことや、
中学に行ったら部活を頑張りたいという前向きな言葉がたくさんありました。

あっという間の番組でしたが、たけちゃんの心を動かすものがあったようです。
目から大きな涙をポロっと一粒こぼして、
「まだ がっこうには いけないの」と聞いてきました。
私達の中では、遅くても3月には復学できるのではないか?という漠然とした希望がありました。
ところが、3月に入ったとたん、学校でインフルエンザが大流行してしまったのです。
初めの学級閉鎖は、たけちゃんの交流先のクラスでした。

「そうだね、今すぐは無理だね…、これだけインフルエンザが流行っているとね…」


「おかあさん あたらしいことを はじめたい」

その先は、まだ聞いていません。
たけちゃんが何を始めようとしているのかはわからないけど、
お友達のことを知ることも自分のことを伝えることもできない時間さえも、
私達親子にはやっぱり必要だったのだろうか…と、
そんな風に思うのです。
プロフィール

Author:折りばら
たけちゃんに出会って、このブログを訪れてくださった皆様、ご縁をありがとうございます。
生まれつきの重い障がいをもちながら、地域で当たり前に生活できることを目指すたけちゃん、その周りはいつも愛と笑顔があふれています。時にはとびきり素敵な経験をさせていただくこともあります。
このブログを訪れてくださった皆様に暖かい風が吹くことを願って、たけちゃんの日常をお届けできたら嬉しいです。

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